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telealias

 ニワトリだって空を飛べる。

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2009-12-27(Sun)

言葉と表現 #5

 #4の続き。
 予告したとおり連体止め、連用止めの話をしたい。

・連体止め
 体言に連なる形で止めること、というのは、つまり名詞を修飾する形で文を終えることだ。
 修飾するべき対象を省略する、ということが、どういう意図かというと、言葉に出すのがはばかられる、とか、言葉にするまでもない、とか、そんなところだろうか。

 ***

 カレーパンがすきなのである。コロッケパンや焼きそばパンではない。カレーパンのどこが好きって、さくっとした、それでいてふわふわで、辛い――。

 ***

 最後の「辛い」は対応する主語がないことから、形容詞の連体形であるとわかる。ということは、辛いは何かを修飾しているわけだけど、「どこが好き」に対応する言葉が文にないから、「~ところ」が省略されているってことになる。まぁ、更にいうなら「~ところが好きである」と続くだろう。
 言葉にできないほどカレーパンが好きらしい。
 この手の途中で切る方法を「黙得法」なんて言ったりするけど、それはまた別の機会にでも。

 ***

「お前、昨日いっしょに歩いてた女の人、あれ誰だよ」
「誰って、え、昨日いっしょに?」
「ほら、あの綺麗な」

 ***

 こちらは言わずもがなだから省略している。
 ちょっと焦れた感じが、伝わるだろうか。

 会話文なんかではよく使う。日常、特に意識しないで使っているからというのもあるけど、しかし実際のところ適当に使っているのではなくて、なんらかの意図が自然に含まれてくる。それは上の言葉にできないくらいの感情の昂ぶりだったり、焦れだったり、あるいは、言葉にするのをためらわれる、恐れや不安だったり、緊張だったりを表現するのにいい方法だと思う。

・連用止め
 こちらは用言に連なる形で止めること。つまりは動詞を修飾する形で文を終えればいい。連用形や、副詞で文を止めればいい。接続詞で止めるのも、これに含んでよさそうだ。意図としては、連体止めと似ていて、言葉にするまでもない場合、言葉にしづらい場合、というのがある。連体止めに比べると、比較的リズミカルな印象があるような気がする。

 ***

「昨日いっしょに歩いてたのは姉貴だよ。あれ、綺麗か? まあ、どっちでもいいんだけど、まあちょっと付き合えって言われて、それでいっしょにいたんだけど」
「それで?」
「いやべつにそんだけだよ」
「なんだよつまらん」

 ***

「で」で終わっているのは、言うまでもなく、促す形である。焦れ、というのとはちょっと違うけど、まぁ、似た種類の効果だろうと思う。

 ***

 カレーパンの魅力は充分に伝わったと思うけど、結局焼きそばパンを買ったのは、カレーパンがなかったからだ。ないものは仕方ない。そこで、彼女が言ったことをふと思い出して。焼きそばパンが好きだって言ってたっけ。じゃあ。つまりそういうわけ。

 ***

「思い出して」、のあとには「(焼きそばパンを)買うことにした」と続くだろう。しかし次の文が、そうすることを中断させている。こういう、文を連想的に繋げていくときには、終止形で言い切るとかえって都合が悪い。連想的に繋げるのは、即時性が高くて、いまちょうど考えている、という雰囲気を表現しやすい。迷いやためらいなんかを表現するときにもよく向いている。

 いずれの場合も、語省略か、中断の目的で使う。どうして省略したいのか、どうして中断したいのか、ということをちょっと意識すると、もしかすると幅が広がるかもしれない。もちろん四六時中意識して使うなんてわけにはいかないのだけど、慣れというのも大きい。ちょっとだけ意識するようにすれば、それが何かしらに作用して、そのうちに自然にそういうことを絡められるようになる、かもしれない。
 実際のところ、ここぞというポイントで、印象を操作できれば、それで充分なのである。そのときどきで、有効な表現というのを考えるようにしていれば、それだけで随分違うと思ってる。
 だいたいぼくにしたってこんなこと考えながら書いているわけじゃ、ないんだしね。

 しかし知っているのと知らないとではやっぱりぜんぜんわけが違うので、今後もちょこちょこ書いていきたい所存。

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